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父親が体調を崩し、家業を自分が継ぐことになったら。しかも、その家業が借金塗れで、これ以上にないどん底だったとしたら。さあ自分ならどうするだろうかと考えてみました。

私の父は田舎に住んでおり、自営業で生計を立てています。農業機械の修理販売を主な事業としているということで、あまり景気は良くないと以前漏らしていました。父は50代前半とそろそろいい歳ですが、私に会社を継いでほしいとは望んでいないようです。むしろ「自分の代で会社はたたむ」とも言っていました。しかし一人息子としては、彼が本心ではどのように考えているのだろうかと、考えずにはいられません。自分が何十年と守ってきたものを自分の手で終わらせる気持ち、その重さはまだ私には分かりません。私は現在雇われの身ですので、ある意味身軽ではあるのですが、経営者自ら「落ち目」と語る事業を継ぐべきかは悩みます。家業を継いだところで自分が人生に行き詰まるのではないかという不安も感じてしまいます。そんなもやっとした思いを抱えていた折、一人の経営者について知りました。

その方は加藤友康さんという方で、カトープレジャーグループという年商150億円を超える企業の代表取締役社長を務めていらっしゃる方です。こちらの方は20歳の時に父親の事業を継ぎ、大成功させました。加藤友康さんのお父様、加藤精一氏は昭和の戦後に裸一貫から洋服店、ラブホテル、飲食店、芸能興行、レコード会社、レジャー産業、ビデオ会社と次々に新規事業を興していった起業家で、その人柄と気風の良さと行動力で多くの方に愛されたといいます。しかし、加藤友康さんが大学生の頃、そのお父様が入退院を繰り返すようになり、加藤友康さんは20歳で家業を継ぐかどうかの選択を迫られたそうです。当時、加藤さんは音楽やイベントに関わる仕事を行っており、楽しくて仕方がなかったそうです。悩みに悩んだそうですが、結局加藤さんは「どちらが自分を必要としてくれるのか」という基準から家業を継ぐ選択をしました。同時に父親の借金も引き継ぐこととなり、その金額は20億円に達していたといいます。時は1986年、時代はバブルに向かって走り始めた頃だったそうです。そこから加藤さんは事業の再生に取り組み、24歳の時にうどん店のプロデュースを始めました「麺匠の心つくし『つるとんたん』」の始まりです。そこから事業は軌道に乗り、加藤さんはトータルプロデューサーとして大成していきます。

今やカトープレジャーグループの実質の創始者として知られる加藤友康さんですが、父親が人間として一番大事なことを全て教えてくれたような気がすると語っていました。例えば、絶対に嘘のない仕事をする、ということもその1つだそうです。息子にとって、父の存在とはやはり大きいものです。一緒に暮らしていた頃に尊敬していたかどうかに関わらず、大人になれば父親の姿を思い出しますし、当然自分と比べてしまいもします。たとえ苦労するとわかっていても父の後を継ぐべきではないかと考えてしまうことも深層心理で父の跡を追い、出来ればその道で父を追い抜きたいという思いが働くからではないでしょうか。

加藤友康さんは父親のことを「経営者としてはあまりに大胆だった」と評します。義理や人情を大切にし、その部分から会社を作ることもあり、計画的な経営ではなかったといいます。実際、20歳の時に加藤友康さんが会社の経営を父親から引き継いだとき、数字の上ではいつ倒産してもおかしくない状態だったそうです。しかし、そのように人の思いを大切にされる方だったからでしょう。加藤精一氏にはこのようなエピソードもあるそうです。例えば、芸能界の大御所的存在の北島三郎氏が今でも「お世話になった人」としていの一番に名前を挙げることや、昭和36年に労働者や失業者を中心とした2000人もの暴徒が起こした「西成騒動」の際にも精一氏の自宅だけは「あれは加藤精一の屋敷や、誰も手を出すな」と言われ無事であったことです。なお、「西成騒動」では多くの資産家の家が焼き討ちにあうなどの被害を受けていたそうです。加藤精一氏の人柄が多くの方に愛されていたことを示すエピソードには事欠かないといいます。私も父親に対してココは凄いと思う点が多々あります。当然、自分の責任で会社を動かしているということもそうですが、働くことへのバイタリティ、子どもの幸せを心から願い行動するという点で私はまだまだ敵いません。加藤友康さんのことを私が語ることもおこがましいと思いますが、加藤さんも初めから敏腕経営者だったのではないでしょう。当然ですが若者の身にはあまる責任と忙しさに辛さを感じたこともあるはずです。それでも前に進むことが出来た理由の中には、きっとお父様への思いがあったのだと思います。

加藤友康さんのことを知り、仕事への思いや信念を知り、私は改めて父と向きあおうと思いました。面と向かって父と将来の話をすることに恥ずかしさがつきまとい、これまでは何となく避けていました。しかしそれでは前に進めないとも思うのです。私がこれからどのような人生を歩むのかは私しか決められません。父親が守ってきた仕事を自分はどうするのかを加藤友康さんのことを思い出しながら考えようと思います。

 

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